感動したぜ     遂行 知る 癒し

WBC観戦で多くの人が熱狂したであろうが
私もその一人で、テレビ観戦を楽しみにしていた。
世界のトップクラスの人たちはどの分野でも
本当に素晴らしく、
その人たちのプレイや話を聞ける機会は逃せない。

WBCでのイチロー選手の不振と有終の美は本当に素晴らしかった。
彼がどのような心境でいたか、を語る番組を見て
実に納得し、彼の自身への洞察力・分析力にうなずき、
そして素直な気持ちを表した姿勢に、ますます魅かれた。

ノーヒットが続く中で迎えたキューバ戦で、チャンスにバント失敗したとき、
侍ジャパンを応援していた誰もが落胆しただろう。
打てないのにイチローの打席にはチャンスがよく回ってきていたから、
今度こそはの期待も大きい中での小飛球。

彼はもし負けたら自分のせいだと、
素直にネガティブな気持ちになったことを言っていた。
もしこれで負けたら、次はないと。
どういうことか、と尋ねるキャスターに
次のWBCに日本が出ても、自分が出たいとは言えない、と。
それだけ責任を負っていた。
ものすごいプレッシャーだったろう。

最終戦でのあの場面で、彼は詳しく自分の気持ちを
語っていて、それがとても繊細だった。
無にならないと、だが
あの時の彼にはいろんなマインドがあった。
でもそれが出てしまったから、消せない、
ということも彼は知っていた。
だから、そのマインドを流れるままにしていた。

頭の中で自分の実況中継をしていたそうだ。

そして、素晴らしいのはその背景にある自分の真の感情を
知っていたことだ。

とても怖かった。


これは本当に素晴らしいと思う。

人は本当に怖かったり逃げたかったり嫌だったりするとき
自然とそれを消すホルモンが出るのだと思う。
快楽ホルモンと呼ばれる。
それで人は救われる。

なんとなくイチローのその言葉を聞いて、
同じような状況にあっても成功する人と失敗する人は
そのホルモンの出方にも関係があるのかな~と思った。

そしてホルモンは気持ちからも出るから、
やっぱり普段からの気持の持ちようはいざというときに
出るのだな~と。

だから、やっぱりすごい!
イチローはすごい!

ほんとに感動した。
みんなもとってもいい顔していて
テレビを見ていたこちらまでいい顔になった。

ありがとう!
侍ジャパン!

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花観音     永遠 魅惑する 受容性

生まれて初めて自分で人形を買った。
初めて人形に目を奪われ、
こころを奪われた。

人形というものは作った人の気持ちがたっぷり入っているし
まして人間のような人形は苦手で
いつも素通りをしていた。

ひょんなことからお店に入って
その人形を一目見てしまったときから
目が離せなくなってしまった。

口をあけて見入ってしまっていた。
そして、このようになりたいと思った。

花観音

ハスの花に蓮華座で座り
ハスの花をささげている観音さま

なんとも柔らかいきれいな
すべてを受け入れる微笑みを浮かべている。


今まで精神的、スピリチュアルなことや
気を高めることや感謝をする気持ちや
たくさんの気持ちを感情をコントロールしてきていたから
それが解放されたんだな~と、
この花観音を手に入れて思った。

この二年くらいの間、キツかった。
強がりだから表面にあまりださないように
していたけど、キツかった。

ようやく抜け出た。

四柱推命のいう大殺界だったようで
なるほどね~と思ったけど。

でもそれだけではない自分を縛っていたものが
解けたようで、
というか自分でほどいたんだけど。。。
だれも他人はしてくれないんだよ。
全部自分で気づいてほどいていくんだよ。

そして開いていくんだ。



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暮らし    開花 目指す 気づき

春の一日、という言葉にぴったりな今日の天気。
あたたかく風もなく、そして何もない日。
家に居られず、ココを連れて散歩へ。

途中顔見知りのおばさんがついてきた。
あてもなく散歩していたら
おばさんはつわを摘んでいた。

今はつわの季節。
新芽は柔らかくて、薄味で炊くと最高に美味しい。

いつのまにか私も一緒にもくもくと摘んでいた。
途中途中、昔はここでよく泳いだ、とか
ここから湧水が湧いていて、とか
この壁を作る作業もした、とか
なんやかんやで二時間も歩いてきた。

素敵な過ごし方。
休日にぴったし。

帰ってビールをゴクリ。
洗濯物をたたんで、
音楽を聴きながら夕食の準備。

あと何年この暮らしを続けるのだろう。
時には退屈、時には優雅な自由な時間。
きっと今しかないこのとき。
私の一生の中でも、
振り返れば思い出の詰まったときになると思う。

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子   豊かさ 夢見る 直観

この前夕食のとき子どもと話していた会話で、
なんで受験勉強の話になったのかは忘れたけど、
自分が小学生の時に経験したお受験のことになって、

母「ママもやったよ~」

子「ふぅ~ん」

母「でも、なんでこんなことしなくちゃいけないんだろう。。って
  思ってたよ。周りはみんな遊んでいるのに。。」

子「そうだよ。好きなことして楽しんでいきたいよね!」

母「ほんとだよね~」

ほんとにそうなんだよね。
実は私たちは本当は楽しく生き生きと生きるべく
生まれてきているのに、
世の中につられてか、
影響されてか、
親のエゴか、
いろんな要素によって
ゆがめられていってしまう。

そして、周りに合わせ流れに流され
本来の自分を見失い迷いだす。

すべてそうだとは言えないが。。

そのゆがめられた世の中で
一生懸命探したり、
妥協したり、
たくさんの経験をして生きていく。

私は、今、自分の子には
なるべく自分の考えを押し付けずに
彼に考えるようになるべく自分で決めるように言う。

こうしたら?という意見は言うけど、
「これはママの考えだけど。。」
と必ず言う。
子にとって親の言うことは絶対だから、
これは小さいころからとても気をつけていた。

今10歳になる子どもは、
とてもしっかり自分の考えをもち、
それを言えるようになっている。
周りをよく見て、気遣うことのできる子供で、
これは性格かな~と思うけど、
自分のいる場での自分のポジションを
ちゃんとわかっている子だ。

日々教えられている。
彼の母親でいられて幸せだ。

もし彼の魂が私を選んで生まれてきてくれたのなら
本当にこころからありがとう、と思う。

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おんな    果てしなさ 映し出す 秩序

女であるということはすごいことだ、
と最近気づいた。

よく「母であり、妻であり、そして女であり。。」とかなんとかあるけど、
ほとんど流していて、
子どもがいるから母じゃない?
結婚しているから妻じゃないの?
と思っていた節もあったが、
先日、ああそうか。。とわかり
ようやくこの言葉の真の意味がわかった。

母であるというのは、
私の場合よ~く実感してきてるから
わかっているのだけど、
妻に関してはよくわからなかった。
今は妻の立場ではないけれど、
それに近い存在の人がいて、
さまざまな考え方の違いや観点の違い
思い描く理想の違い、などを話しながら
男というものが求める女の愛情というのは、
究極、母の愛情に近いものであるといことがよくわかった。

前から女友達とそんな話をしながら

「男ってねぇ~」

なんて言ってたりした。

でもそれは子供に対する完全な「母の愛情」ではなくて、
もう大人の人に対する「母の愛情」なので
少し質も違うのだけど、
元が同じ、というかその愛情の発端が同じという感じ。

本当は男は無償の愛を求めている。
女はそれを受け入れることができる。
そして、受け入れることによって
愛が満たされるような幸せを感じることができる、
て思ったよ。

わりとわがままで自由奔放に生きてきた私は
何でも自分が一番大事で、
自分のやりたいことをして何でいけないの?
と本当に思っている。
やりたいこと、と、
すること、と、
しなくてはならないこと、と、
あるけれど、
私はやりたいことを第一として生きてきた。

でもすることってあるんだよね。
もともとある、すること。

おんなであることで
すること。
もちろん、自分であってすることもある。

最近気づいたのはおんなであってすること、
ということ。

気づいてすぐに実行する私だけど、
なかなかいいみたい。
安定する。

こういう気づきが日々の暮らしに反映されるし、
家庭の中にも沁み渡っていく。

いいよ。



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「あの世のひみつ」      空間 探る 目覚めの状態

美鈴さんという人の「あの世のひみつ」を読んだ。
しばらくそういうスピリチュアルな世界の本は
読んでいなかったのだけど、
読んでみた。

とっても興味深くて面白かった。
霊界の様子を彼女の視点で丁寧にストレートに
説明してくれていて、
今まで不思議に思っていたことや
わからなかったこともちゃんと書いてあった。

私自身霊媒師ではないので
霊界と直接コンタクトをとることは
今のところできないけど、
見えない世界という
霊界・神界にはとても興味があって
自分なりに探し求めていた。

仕組まれたのかシクミだったのか
働きなのか縁があったのか
そのように選ばれたのかわからないけど
自称神界とつながっている人と結婚して
ひとり息子をもうけた。

彼のいう神界を知りたくてつながりたくて
飛び込んで行った。
いろんなことがあったけど
一切霊的な現象はなかった。(私には)
彼はいつも神界とやりとりはしていたようだが
私には何にもなくて
「何にもないのが奇跡だ」
という彼の言葉に、そうなんだ。。。
と素直に思うしかなかった。

自分で霊的現象を望んでいるのか
拒んでいるのかもわからない。
自分にも霊媒師のような能力があったらな~
とあこがれた時はあった。
悩んでいたり病気の人に手をかざしたら治る、
そんないわゆるヒーラーに20代のころは憧れたものだった。

しかし私にはその能力はないようで、
でもなにか見えない力の存在はわかっていた。

この美鈴さんの本は、
そんな私の疑問に答えてくれる本。

でも美鈴さんは神界と繋がるのは無理といってるんだ。
どうなんだろうね。。。

まだまだ探究。
自分なりにしか答えは見つからないから。

やっぱりこの太陽の紋章のキーワードに沿っている。
宇宙の摂理なんだって。
でもこれが2012年までっていってるんだよね。
そういうすべての流れが2012年にやはり変わるのだろう。

友達が言っていた、
「船井さんがもうすぐ幽界はなくなるんだ、って言ってるんだって。」
にも納得するし、
神界のハタラキというのもわかる。

身近な人たちに、
「あなたは洗脳されていたのよ。」
といわれているけど、
そうかもしれないし、
そうでないかもしれないし、
それは私の人生の中で何ひとつ無駄のない
貴重な経験で通過したことで
すべてが私の栄養になっている。
そして今があり、
そしてこれからもある。

いつも今からここからという
新鮮なあたたかいエネルギーに満たされ
生きていこう。

現実社会にも目をむけて
楽しみながら充実していこう。

もう達成しているのかもしれないし、
でもまだという自分もいるから、
きっとまだなんだ。

人が生きていくって素敵なことだって
もっと実感して、
そしてそれを人に伝えたい。
伝染してくれるかな~
空気感染のように。。。。。


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冬支度     豊かさ 夢見る 直観

寒くなってきた。
我が家もストーブを出し
カーペットを敷き
毛布を出して、
敷き毛布を敷いて。。。
と、どんどん冬になっている。
あたたかいボアスリッパも手に入れた。

この家は昔ながらの民家の間取りで
1階は、昔は畳4間続きだったのを
2間は板張りにして
もう2間は畳のままにしてある。
玄関上がって畳の部屋。
その隣が畳の客間。
それぞれ畳の部屋の奥は板張りの部屋。

夏の間はぜーんぶ開け放し、
風のよく通る大部屋にしていた。

今はそれぞれをふすまで仕切り
用途にあわせて使っている。
これが無駄なエネルギーを使わないので
日本の四季にあった家の造りに感心。

部屋を区切って使えばあたたかい。
昼間晴れていれば
客間に机を出して時にはお勉強。
(すぐ眠くなるのが困ってしまう。。。)

天気によっても過ごし方が変わる。
こんな小さなことに丁寧に接していると
気分も背筋も伸びてすがすがしい。

ここには便利なコンビニもないし
大好きなスタバもないけど、
こんな小さな、でも普通の大切な暮らしがある。
そして、大好きなライス&ソイで入れるノーカフも飲める。
これはお店では出してくれないもんね~


最近ときどき昔暮らしていたNew Yorkがよみがえる。
こうした雑踏や喧噪から離れた島暮らしをしていると
その極にある大都会はどうなっているのだろう、と
見に行ってみたくなる。
バランスなんだね。

田舎で暮らしているけど
今スカパーで流れているのはフランスとイタリアの映画。
流れ聞こえるのは英語とフランス語。

外に散歩に行けば
出会うのは農作業のおじさんおばさん。
そしてため息の出る風景。

なかなかいいね。

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これはなに?     知性 問う 大胆さ

ときどき突然おそってくる
どきんとする幸福感と充足感、
ドキドキして体の中から湧き起こるエネルギー。

宇宙からのエネルギーを
体にチャージしているかのような。。
視界もまるで今まで見ている景色とは違って
素晴らしく美しくなってしまう。
色も光も空気も、そして音も。

その瞬間はなんなんだろう。
たぶんずっと前からあっていたのだけど、
最近よく意識してるから
なんなんだろーーー

今日も散歩の途中で開いた。
そう、ひらく感じ。

問いかけてみよう。




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子どもっていいなー    永遠 魅惑する 受容性

昨晩からグーンと冷え込んで
今日一日真冬のようだった。
いつもは窓も開けらるのに、
今日は閉め切ったまま。
ストーブも炊いた。

そんな朝、子どもの通う小学校の行事で
子供たちだけで遊びを考えて、
その準備もして景品も作って、
みんなで楽しむという素敵なフェスティバルがあって、
ご家族のみなさまもどうぞ、ということで
のぞきに行った。

教室の前には、
順番待ちのいすがちゃんと並び
受付の子供がいてルールを説明してくれる。

まっさきに我が息子の教室の出し物
「宝探し」を
息子のルール説明を受けてした。
女子と男子にわかれて隠してある宝物を探す。
とってもわかりやすい所に置いておいてくれて、
小さい学年の子供たちへの優しさがほほえましかった。

他にも「ブラックボックス」、「あきかんつみ」
「的あて」、「ボウリング」などなど。。。
みんなする側と、楽しむ側と交代でしていて
とても楽しそうだった。

そんな小学校は真南に大きく窓があり、
その窓からいっぱいに光が入り、
窓の向こうには青空と海と。。。
いつ見てもいい景色で、
これなら半そでを毎日着て行きたがる
子どもの気持ちがわかる。

今日も半そでの子がちらほら。
こっちは三枚も長袖を着て
ショールまで巻いているというのに!

子どもっていいなー

我が息子もとってもかわいくて大好きで
完全に親ばか。
周りからは、マザコンになるといわれている。

でもね、必要なときに、
たっぷりたっぷり愛情を注いでいると
早く自立すると思うのよ。
本当の愛は、
彼が彼の人生を歩んでいくのを見守り、
必要な時に助けを差し伸べることと思う。

今は彼にとっても助けられている。
すごい子なんだ。

永遠に魅惑されます。。。

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歌えたよ      自由意志 感化する 知恵

いつも愛犬と遊びに行く大好きな浜辺で
今日、生まれて初めて大声で歌った。
今まで人が来たらどうしよう、
声が出ないし音痴だし。。。
と、歌うなんてとんでもない、と否定していたのに
今日は歌い始めていた。
大声で。
ひとりで。

出てきた歌は、「翼をください」。
こっぱずかしくて普段は口ずさみもしない歌。

昨日友達が弾いていたから
「あれっ。」
と思ったからかな。

歌えたからすっごくうれしかった。
上手い下手なんて全然気に留めずに
ただ思いきり歌えたからほんとうにうれしかった。
歌いながら自然と泣いていた。

調子に乗ってずーっと歌っていた。
まともにうたえる歌が一曲ぐらいしかないのには
驚いた。

最後には勝手に思うままに
歌って、気持ちよかった。
その時はそのシチュエイションではぴったりの歌だった。

ひまわりのうた

なかなかいけるじゃない、と思って
自己満足して
おうちに帰ってきました。


まったくの自然の中で
自分を楽に解放できて
てらいもなく歌え、笑え、
岩にも身をもたれた。
とてもあたたかかった。

よかった。


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